和歌山県串本町 トルコ軍艦遭難者慰霊塔

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明治時代のこと。
トルコから日本へ派遣された軍艦が、冬の夜、本州の南端である和歌山県串本町大島で遭難しました。
仲間を救おうと必死に灯台目指して乗組員達が崖をよじ登ってきました。
傷だらけの外国人が助けを求めているのを察した灯台守は島内住民(集落とはかなりの距離と思われる)へ救助の応援を要請し、貧しい中から惜しみなく衣服や布団、食べ物を与えて介抱しました。
およそ600人弱の乗組員のうち生きて本国へ戻れたのは一割程度の方々で、未だ海中には多くの人達が残されています。

トルコの小学校の教科書には大島の人達が行った救助についての記述が有り、トルコ人はこのお話を知らない人は居ないと聞いています。

日本は『おたがいさま』の国です。

みんなで苦しみを分かち合い、ともに喜ぶ事が出来る素晴らしい人達の暮らす国です。

いま被災地の事をみんなで考えられるのも、被災地のみなさんがガマンに我慢を重ねられるのも日本人だからです。

ぜひ、世界が驚くような未来都市に泥の海を変えて行きましょう。



原発無しで。